マインドセットを学び、レジリエンスを高める

マインドセット「やればできる!」の研究

キャロル・S・ドゥエック(著)

■成功者の条件である「マインドセット」

 

今回は、社会心理学や発達心理学、パーソナリティにおける世界的な権威、キャロル・ドゥエック博士の新刊をご紹介したいと思います。博士はポジティブ心理学者ではありませんが、とりわけモチベーションに関して大きな業績をあげてきた彼女の研究は、ポジティブ心理学にも通じるところが多くあります。
マインドセット

 
「学問、芸術、スポーツ、ビジネスの分野で偉大な功績をあげた人と、あげられなかった人とでは、いったいどこが違うのか。自分のパートナー、上司、友人、わが子がなぜあんなふうに振る舞うのか。自分やわが子の可能性を最大限に引き出すにはどうすればよいのか。」

これらの重要なテーマの鍵をにぎるのはマインドセット(心のあり方)だと博士は言います。マインドセットが実際にどのように人の思考に影響を与え、行動を変え、ひいては成功や幸福を左右するのか。また、マインドセットを変えたい場合にはどう変えられるのか。博士の20年にわたる研究をもとに分かりやすくまとめられた1冊です。
 

■ しなやかマインドセットと硬直マインドセット

 
マインドセットには大きく分けて2種類あると言います。しなやかマインドセット(=growth mindset)と硬直マインドセット(=fixed mindset)です。
 
しなやかマインドセットの人は、「人間の基本的資質は努力しだいで伸ばすことができる」と考え、うまくいかないときやつまずいたときでも粘りづよく頑張り、挫折や失敗から学び続けることができます。また、自分を向上させることに関心が高く、失敗を恐れず難しいことにでもどんどん挑戦することができます。
 
硬直マインドセットの人は、「自分の能力は石版に刻まれたように固定的で変わらない」と信じています。周囲から「才能がある」「有能だ」と思われるために、自分の能力を繰り返し証明して他人から評価されることばかりに心を奪われています。無能な人間だと思われてしまうことを最も恐れているので、失敗のリスクが伴うような難しいことには挑戦したがりません。自分は有能だとうぬぼれる一方で、うまくいかなかったときの落ち込みはひどく、挫折に対する耐性が弱いのが特徴です。
 
とても両極端な2種類のマインドセットですが、多くの人は多かれ少なかれ両方のマインドセットを持ち合わせており、場面に応じて使い分けているといいます。


■ マインドセットの影響力

 
マインドセット次第で、その後の人生に大きな違いが出てくると博士は断言しています。しかも、マインドセットの影響力は個人レベルにとどまらず、他者に伝染するといいます。
 
しなやかなマインドセットの人は、周囲のマインドセットまでしなやかに変えて、硬直マインドセットの人は周囲のマインドセットまで硬直にしてしまうというのです。特に、部下を指導する立場のリーダーや教師、親であれば、直接関わる社員や生徒、子どもへの影響は計り知れません。
 
本書の中で数多く紹介されている中の一例をご紹介します。ロサンゼルスで最低レベルだったスラム街の高校に赴任してきた教師は、やる気のかけらもない生徒たちに対してためらうことなく大学レベルの微積分法を教えはじめました。「教えられるだろうか」ではなく「どのように教えたらよいか」、「彼らに理解できるだろうか」ではなく「どうすれば理解しやすくなるか」と考えたしなやかなマインドセットを持つこの教師は、後にこの高校の数学レベルを全米トップレベルにまで上げてしまったそうです。潜在能力を過小評価され、自分で自分を駄目だと思い込んでしまっていた生徒たちの硬直したマインドセットを、1人の教師が180度変えてしまったのです。(映画『落ちこぼれの天使たち』で有名な実話)
 
本書の中では、これ意外にもスポーツ選手、ビジネス(GE、IBM、ゼロックスの例)、恋愛、夫婦、友だち(いじめ問題)、親子などの様々な人間関係、教育など、多種多様な場面でマインドセットの影響力を物語る具体例を紹介しています。
 

■ つい言ってしまう、危険なほめ方

 
「そんなに早く覚えられたなんて、あなたはほんとに頭がいいんだね!」
「こんなに上手に絵が描けて、この子はやっぱり才能がある。将来のピカソだな。」
「勉強しなくても100点が取れちゃうなんて、あなたは優秀ね。」
親であれば、似たようなことを一度は子どもに言った経験があるのではないでしょうか?
ですが、これらのほめ言葉から子どもが受けとるメッセージはどうでしょうか。
 
・早く覚えられないと、頭がよくないんだ。
・上手に描けないと、ピカソとは思ってもらえないんだ。
・勉強しない方がいい。じゃないと優秀だとほめてもらえないから。
 
このように、子どもに自信をつけさせるために良かれと思って伝えている日々のメッセージが、実は子どもに硬直マインドセットを刷りこんでいるというのです。能力をほめられた子どもは、自然と「自分は頭が良いか?」「賢く見えているだろうか?」ということに関心を向けるようになり、周囲にそのことを認めてもらおうと振る舞うようになります。まさに、硬直マインドセットの特徴です。
 
では、意図する通りに子どものやる気スイッチをオンにさせ、子どものチャレンジ精神を高めるためには、どのようなほめ方をすれば良いのでしょうか?
 
博士の研究によれば、能力をほめると子どもの知能が下がり、努力をほめると子どもの知能が上がったそうです。能力をほめる代わりに、努力やプロセスを具体的にほめることで、子どものマインドセットがしなやかになり、失敗を恐れずに挑戦することを楽しめるようになるといいます。
 
幼少期に養われたマインドセットはその子の一生の土台になります。小さい子どもを持つ親や、育児に関わる全ての人に絶対におすすめしたい思える必読書です。もちろん、人を育成する立場にあるリーダーや教師、自分自身をもっと高めたいと願う人にとっても、貴重な人生の指南書となるに違いありません。
 
 

目次
はじめに
第1章 マインドセットとは何か
  なぜ人間は1人ひとり違うのか
  あなたのマインドセットはどちら?
  同じ出来事なのに結末が大きく異なる
  自己洞察力―—自分の長所と限界を把握しているのは?
  自分のマインドセットを知ろう
第2章 マインドセットでここまで違う
  新しいことを学べたら成功か、賢さを証明できたら成功か
  マインドセットが変われば努力の意味も変わる
  ほんとうに恐ろしいのはどちらか
  マインドセットにまつわる疑問に答えます
第3章 能力と実績のウソホント
  マインドセットは成績に影響する
  芸術的才能は天賦のものか?
  危険なほめ方
  優秀というレッテルの落とし穴
  ネガティブなレッテルほど強くはびこる
第4章 スポーツ―—チャンピオンのマインドセット
  素質——目に見えるものと見えないもの
  キャラクター―—品格・気骨・人となり
  成功とは勝つことか、最善を尽くすことか
  失敗したらどうするか?
  成功に責任を持つ
  真のスター選手に共通する語り方とは?
第5章 ビジネス―—マインドセットとリーダーシップ
  成長する企業と経営の意思決定
  リーダーシップと硬直マインドセット
  硬直マインドセットの有名経営者
  しなやかマインドセットの有名経営者
  集団浅慮VSみんなが考える
  リーダーは生まれつきか、努力のたまものか
第6章 つきあい―—対人関係のマインドセット
  対人関係の能力とは?
  恋愛こそマインドセットしだいで変わる!?
  すべてを相手のせいにしてしまう人たち
  夫婦関係や友だちつきあいから成長する
  内気なマインドセット
  いじめと復讐
第7章 教育——マインドセットを培う
  知っておきたい成功・失敗のメッセージ
  優れた教師・親とは
  しなやかマインドセットの教師はどんな人か
第8章 マインドセットをしなやかにしよう
  「変わる」とは、どういうことか?
  マインドセットをしなやかにするワークショップ
  「変わる」ことを恐れない
  変わろうとしない人たち
  わが子のマインドセットをしなやかにしよう
  マインドセットと意志力

 

2016年5月
神谷雪江

執筆者の紹介

神谷雪江
米・ペンシルベニア大学大学院 応用ポジティブ心理学修士課程(MAPP)第一期生。修了後は、日本で人事コンサルティング会社に勤務し、ポジティブ心理学の、組織・人事への応用に従事。2009年より米・ボストンに移り、グローバル人材の採用や翻訳業に従事。 強み診断ツール「Realise2」の翻訳にも携わる。