日本がブータンから学ぶべき3つのこと

 

「国民の幸福を追求する」という国家ブランド

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ブータンが話題だ。日本からの直行便がなく、訪れるのにかなり不便なヒマラヤの小国を旅先にする人が増えているという。実際、当校の受講生のうち二名がGW休暇でブータンを来訪していた。ポジティブ心理学に関心が高いから当然かもしれないが、私も少し驚いた。


ブータンブームのきっかけは、やはりワンチェク国王とペマ王妃夫妻だろう。結婚後すぐに東日本大震災の見舞いのために来日された若くてハンサムな国王と美人王妃は、ブータンの知名度を上げる多大なPR効果があったようだ。さらに「国民の幸福を追求する国」という国家ブランドと「国民総幸福量(GNH)」というGDPに代わる独自の国家指標が、このヒマラヤの小国を差別化している。


しかし、今から40年以上前にジグミ・シンゲ・ワンチュク前国王が「ブータンにおける国民は、経済的な豊かさよりも精神的な豊かさを目指すべきだ」と訴えた1970年代の当時は、経済発展中心の世の中で、この思想は「理想論にすぎない」と無視または軽視された。ところが最近になって流れが変わり、今ではブータンは先進的な取り組みをするロールモデル国家として国連でも招待されるようになった。世界的な「幸福度指標」ブームが起きたからだ。前国王が蒔いた種が、21世紀に入って花開いた。

幸福度指標ブーム


フランスではサルコジ前大統領がGDPの代わりとして「Net National Product」を提唱し、国民の満足度を経済指標に加えて測定することを考慮するとした。イギリスも負けじとして、キャメロン首相が幸福度指標を国家の主要指標として政策に取り入れると発表した。さらには、中国の政府関係者が国民幸福度を経済指標と同等に重視するとの発言があった。


国際機関である経済協力開発機構(OECD)は、加盟各国の国民の暮らしの「幸福度」を新指標を使って評価した結果を公表した。国連では、人々の生活の質を示す指標として人間開発指数(HDI:Human Development Index)を始めている。


日本ではその世界的な流れを受けて、鳩山政権が2009年に発表した「新成長戦略」において、「生活者が本質的に求めているのは「幸福度」の向上であり、それを支える経済・社会の活力である。こうした観点から、国民の「幸福度」を表す新たな指標を開発し、その向上に向けた取組を行う」という方針を打ち出した。2011年には内閣府が「幸福度指標試案」を出している。


しかしサルコジ氏はオランド氏に大統領選挙で敗北し、鳩山氏は短期に総理大臣の座を降りた。主導者がいなくなった後にどうなるかはわからないが、先進国で経済成長が鈍化する中「経済の高成長に頼らない幸福のあり方」は大きな課題であり、GDPの代替とは言わないまでもそれを「補完」する何らかの指標が必要であることは変わらないだろう。

科学的に幸福度を高める


そこで注目を浴びているのがブータンの取り組みだ。その理由は、ブータンには長年のデータと経験の蓄積があること、そしてブータンはGNHの統計データを科学的に分析し、その結果を政策に反映していること、さらにはその結果国民の9割が幸福感をもつという成果を挙げていることにある。ブータンは国家の幸福優位性戦略に関しては、「先進国」なのだ。


ブータンは国民の幸福度を「心理的ウェルビーイング」「健康」「ワークライフ・バランス」「文化のダイバーシティとレジリエンス」「良い統治」「地域の活力」「環境」「生活の質(QOL)」「教育」の9項目に分けて分析している(上図参照)。地域別の詳細な分析結果を表したリポートもあり、改善の進捗状況が遅い地域は赤色でハイライトされるため、各地域の首長には住民の幸福度を上げることへのプレッシャーがかかる。


ブータンは経済的に決して豊かな国とは言えないが、医療費や教育費が無料だ。これも9項目からなる国民総幸福量を向上しるために政府が限られたリソースを選択・集中した結果だろう。また、農業振興にも政府予算を優先させている。その目的は、日本のように農家の保護ではなく、国民の8割を占める農民の間で「経済的な平等」を図るためだ。心理学の研究でも、隣人との所得差は劣等感や嫉妬などのネガティブ感情につながり、幸福度を下げることがわかっている。他国との所得格差よりも、隣人や同僚との所得格差のほうが重要な問題なのだ。その国民心理をブータン政府はよく理解している。

日本が学ぶべきこと


他にもブータン政府は幸福度の向上につながることが科学的にわかっている宗教性やスピリチュアリティを国民に振興している。国民全員に一日最低三分間の瞑想をするように奨励すること、学校で仏教の知恵を教えることなどがその例だ。国民も、近所の寺院の入り口付近にある「マニ車」(上部写真)を回して寺院を一周し、功徳を積む昔からの儀式を大切にしている。


豊かな環境は幸福度につながることから、環境を保全し森林を守るために世界初の「禁煙国家」となったことも一例だ。もちろん健康にもつながる。さらには、家族や地域でのつながりを促進することも重視している。ポジティブな関係性ほど、幸福度と密接な相関のあるものはあまりない。


では日本はブータンの事例から何を学ぶべきなのだろうか。


まず初めに、日本は「計測すること」を目的とした幸福度尺度を作成するのではなく、ブータンのように「政策に活用すること」を前提に国家尺度を策定すべきだろう。そうでないと政治家や官僚は、どのような結果が出ても真摯に捉えないし、何の改善にもつながらない。


しかしながら、日本政府にはあまり期待できない。そこで二つ目に、幸福度尺度の活用を一億人の人口をもつ日本政府に期待せずに、都道府県や地域などの自治体に焦点を絞るべきだと考える。ブータンも含めデンマークや北欧諸国などの「幸福度先進国」は、人口一千万人以下の小国であるからだ。先月のOECDの発表で世界第一位だったオーストラリアも、人口はたかだか二千万人である。規模が大きくなりすぎると、GDPを無視できなくなる。


三つ目に、ブータンのようにウェルビーイングを国家・地域の差別化戦略として生かすべきだろう。幸福度の高い地域には、旅行客と外資が舞い込むからだ。これはオーストラリアもカリブ海の幸福度先進国コスタリカでも同じだ。例えば九州7県に沖縄を加えた8県の人口は千五百万人で適当な規模だから、「Kyusyu」をアジアの幸福度先進地域としてブランド化したらどうだろうか。近隣の「幸福度途上国」である中国や韓国、台湾から多くの人と金を惹きつけるに違いない。しかも、九州は住民の気質が陽気で、食が豊かで、海・山・温泉などのリゾートにも恵まれ、世界最長寿を誇る沖縄を有しているので、好条件は整っている。後は自治体リーダーの意志だけだ。


人口規模が大きい日本が小国ブータンの政策的な取り組みを真似すべきではないが、日本の自治体が「幸福度先進国」から学び、日本からも「幸福度先進地域」が生まれてくれたら素晴らしいと考える。

2012年6月8日
ポジティブサイコロジースクール代表 久世 浩司